スーパーで買い物をしていて、店内に飾られていた幼稚園児の絵が目に留まった。家族で花火を楽しんでいる絵で、市民花火か縁日マルシェ、燈籠祭の思い出を描いたものだろうか。物心がついてから初めて見た花火なのかもしれない。
3年ぶりとなった市民花火は、コロナの感染症状況の悪化、打ち上げできるのかとやきもきさせるような雨など、人の手ではどうしようもないところで散々振り回された感がある。雨の中の花火は尾鷲らしくもあり、苦境の中で市民の気概を示したという意味でも、尾鷲にとって特別な意味を持つ花火大会となった。
開催直前、問い合わせが殺到したのか観光協会にも電話がつながらず、スタッフの苦悩と苦労が察せられる。夜の雨の中での外出をうながす形となるが、直前に防災行政無線での放送、市や観光協会のホームページとSNSなどで決行を周知しても良かったのではないか。
紀伊半島最大の熊野大花火大会の伝統存続のために、11月に花火の打ち上げを決めた熊野市観光協会は「尾鷲を見て、熊野でもやれると思った」と語っている。ウイルスや不安だけでなく、苦境にあらがう意志もまた伝染していくものである。
(R)