死ぬ直前にこの人生に満足して逝けるだろうか。今生きていることには、ありがたいなと思う。おいしい、寂しい、うれしい、愛しい。生きていてこそ感じられるものがある。本当はそれだけで満ち足りているはず。でも、自分にはもっと何かあるような気もする。自己矛盾といえるほど整った感情ではない。ただもやもやと考える中でいくつもの交錯が生まれていく。わだかまりである。存在意義に関するわだかまり。これを解きほぐしてくれる教科書はない。なんとなく足の向く方へ進んでみるが、それが前進なのか後退なのか徒なのかわからない。
存在意義を問う前に、目の前にあるはずの大切なものに手を伸ばすべきだろう。理性とも本能とも見分けのつかぬ何かが語り掛ける。しかし一方で、胸の疼きは強くなる。今か今かと空を見上げる産毛の生えたひな鳥のように、飛び立つ格好を見せ、翼を広げ、仰ぎ、風を読んでいる。時代も、他人も、身内も、自分すらも介在しえない単なる衝動。千変万化の乱気流に身を投じんと欲す。死よりも恐ろしいのは、このぬるま湯に飼い殺され続けることだ。
【稜】