熊野三山奉納公演「能舞」が3月25日~27日の3日間、熊野三山で行われた。室町から江戸にかけて熊野でも頻繁に行われてきた能楽を届けたいとの思いから、シテ方観世流能楽師の鈴木啓吾さんらによって7年越しの計画が実現した。
熊野速玉大社での能舞を取材させてもらった。惹き付けられたのは、鈴木さんら演者の、軸のぶれない歩き方だった。歩いているようで歩いていないようにすら思える。一糸乱れぬ動きで社殿前の特設舞台に歩み入った。「静か」という言葉がこれほど似合うこともない。実際は木々のざわめきや人々の話し声などがあったのだろうが、それらも場を掌握した静寂に溶けていく。
能独特の節回しとともに能舞が始まる。人はどうしたらあんなにゆっくりと動けるのだろうか。浅学が災いして一つ一つの意味などとうてい分からないが、その大らかな表現の中に時が止まったかのような、森羅万象の有機的なつながりがその場に顕現したかのような、不思議な感じを覚えた。
鈴木さんは、熊野で日常的に能が演じられるようにしたいと語った。すごく親和性があるように思う。
【稜】