漫才で「つかみ」と言われる部分がある。冒頭、「どうもー」などと言いながら入ってきてから、本ネタに入る前に小さな笑いを誘うもので、最初にお客さんが笑いやすくなる雰囲気を作る目的がある。
漫才に限らず、不特定多数を相手にする表現において、このつかみの考え方は大事だなあと思う。どれだけ卓越した才覚や技術で優れた表現をしても、受け取り手にそれを受け取る意思がなければ何にもならないからだ。
新聞で言えば、見出しと写真がつかみになる。どれだけ記事で正確に、中身の濃い、斬新な情報を発信したとしても、読まれなければ意味がない。そのために、どうしたら人の気を引くような見出しを立てたり、写真を撮れるものか、と思慮するのである。
会社の企画書でも、学校のレポートでも、バンドの演奏でも、人との会話でもあるいはそうだろう。最初に興味を持ってもらうフックを作る。あんまり日常的にやりすぎると「あの人、すごく自分の話を聞いてほしいかまってちゃんじゃん」と言われかねないので、ほどほどに、しかし的確に使えれば、面白いと思う。
【稜】