6月25日付の当欄で、三重県立木本高校野球部の夏の大会最高成績をベスト4と記したが、後日読者から「準優勝の経験があると思う」と指摘を受けた。その後、過去の戦績を調べると、1970(昭和45)年に「三岐大会」決勝に進んでいた。当時はまだ1県1代表制ではなく、三重と岐阜で代表校を争う形式。この年は三重から木本と海星、岐阜から岐阜工と岐阜短大付のいずれも県大会準決勝を勝ち上がった4校が出場。木本は準決勝で岐阜工を2−0で破り、決勝では岐阜短大付に0−2で敗れ、惜しくも甲子園出場はならなかった。なお、75年から1県1代表制に移行した。今夏の大会前の取材時に聞き取った情報でしたが、確認不足でした。おわびして訂正いたします。
木本・紀南・熊野青藍の合同で臨んだ今大会は1回戦で菰野に4−5で敗れた。中盤までリードしていた展開で、同点に追い付かれた場面でも打ち取った打球が野手の間に落ちる不運もあった。木本、紀南の校名で戦うのは今大会で最後だったが、最後まで全力プレーを見せてくれた選手たちに大きな拍手をおくりたい。
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