終戦の年、1945(昭和20)年は、「あの夏は、暑かった」と語られる印象がある。気になって、気象庁のホームページでデータを調べてみた。尾鷲は昔から雨が多く、測候所があったおかげで1938年10月以降のデータ(昔は雨量や気温だけ)が残っている。
45年8月の最高気温は28日の32.4度。30度以上の日は13日あり、終戦の日は30.2度を記録している。海軍熊野灘部隊が攻撃を受けた7月28日は最低気温が15.0度、最高気温が25.8度となっている。
8月6日の広島の記録も残っている。最高気温は31.5度、長崎でも45年8月の記録がしっかり残っている。広島も長崎も、尾鷲より気温が高い傾向がある。
夏なので、ほかの季節より当然暑いわけだが、印象に残る日ということで、その暑さが鮮明に記憶されているのだと思う。
天気予報と戦争は切っても切り離せない関係にある。天気予報が始まったきっかけは、クリミア戦争といわれている。世界中の人たちの幸せの向上だけに使われる日を期待したい。
(M)
