「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない」。ヘルマン・ヘッセの「デミアン」より。
卵の中は安全である。何も見なくていい。親鳥も守ってくれるだろう。居心地のよい場所だ。だが、それだけでは満たされない胸の渇きがある。生まれ出る時には、それまでの小さな温かい世界を破壊して、無限の光に目をくらませながら、危険で自由な世界に飛び立っていかなければならない。周りや自分自身を傷つけるかもしれない。そしてその先で、卵の中からは決して見ることのできなかったさまざまな景色と出会う。
皮肉にも、この言葉が刺さるのは未来多き子どもよりも、いろんな経験をして、守るものも多く、腰が重くなった大人ではないかという気がしている。守らなければいけない。家族を、会社を、積み重ねてきたものを…。どれも大事なことだ。大人になるほど、さまざまな引力が働く。それでも、自由を考える時、自分の心からの願いには向き合わなければいけない。卵は、今も生まれようとしているのではないか。
【稜】
