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紀南抄「海の表情」

 毎日、海を見ている。天気のいい日は、朝日が水面にキラキラ輝いて眩しい。曇りの時は、空と海の境界が分からなくなるぐらい混ざり合っている。雨の日は、灰色がかったあまりきれいではない色をしている。
 
 小さいころから海が見えるところに住んでいて、それが日常だった。風向きによって、波の音や海岸線を走る電車の音が聞こえてきた。潮風の影響で鉄やくぎはよく錆びた。台風の時はいつも高波を見物に行った。祖父とミカンを持って散歩に行ったりもした。
 
 いつのころからか目の前に家が立ち、家から海は見えなくなった。私も特に気にすることはなくなった。
 
 大人になった今は毎日、通勤途中に海を見ている。日々、異なる表情を見せる海に、子どものころに感じなかった感情が沸き起こってくる。同じようなきれいな景色を見ても、気分のいい日は「なんてすばらしい」と感激する。反対に落ち込んでいる時は「私はこんなに気が滅入っているのに、なぜこんなに美しいのか」とひねくれた考えもよぎる。けれど海はそんなことは知らない。ただ今日もそこにあるだけ。
 
【織】

      紀南紗

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