弊紙と長年競ってきた南海日日新聞には、小池康堂氏という知の巨人がいた。若輩の身ではあるが、越えなければならない高い山として、コラムの黒潮、思いつくままに、康堂の本棚などを、挑みかかるような気持ちで読んでいた。
卒寿を超えてなお筆をとり続け、人生をかけてきた新聞の発行を止める決断は、どれほど重かったか、想像を絶する。
大手紙の部数はここ20年間で半減し、まちに根付く地方紙は人口減少の影響から逃れられない。新聞の存在意義が問われている。だが、インターネットやSNSによって情報が氾濫する現代で、身近な情報を正しく詳しく伝えることに地方紙の存在価値があると信じる。
字句や表現を何度も練り直す推敲(すいこう)は、記者の職業病だが、推すか敲くか表現を迷った詩人が同好の士に出会ってアドバイスを受け、詩について轡(くつわ)を並べて論じながら進んだ、という故事成語。並んできた人たちの、誇りも魂も引き継ぐつもりで、この地域の地方紙の文化を守っていきたい。
(R)
