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紀南抄「言葉の氾濫」

 文学の出発点は原体験、目的地はノスタルジーだろう。政治や歴史は所詮、言葉でしかない。コンピュータも0か1かの2進数。人間社会は言葉が創っている。私たち自身の生活や感情、生き死にも、記述という運命を避けられない。言語化された”私”には、言葉にできないものは含められない。あの草のにおいも、やけに大きかった背中も、まばゆい光に震わせた心も、どろどろとした胸中の悔悟も失われる。これほどまでに言葉の存在が大きくなったのはなぜか。人は思考によって社会を作り上げてきた。そういう世界の中では、当然意味のないものは阻害される。ならば自然、例えば子どもに「将来の夢は」などと詰問し続けるような大人の理屈が横行するのだ。これだけ言葉が氾濫すれば、自然体としての自分の存在が薄れていくように思うのもうなずける。病気だって言葉だろう。理解不能なものは管理しなければならないというイデオロギーこそこの時代が患った病である。この文章すら、あなたにとって解釈可能な形でしか受け取られないところに、未完全という形の可能性が見出される。
 
【稜】

      12月23日の記事

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