尾鷲神社の例大祭「ヤーヤ祭り」は1日午前0時、扉開きの神事で幕を開けた。拝殿では神職、親方、氏子総代会の役員、祷務町である天満町、知古町の祷人、各町の総代ら40人が参加し、祭りが盛大に行われることや期間中の無事故などを祈願。境内には若者を中心に約300人のヤーヤ衆らが集まり、参道脇にそれぞれのまちの提灯を並べて厳かに神様を降臨させる式の様子を見守った。
日付が変わるのに合わせて執り行う儀式で、前日午後11時40分過ぎには参列者が参集し、寒空の中神事に臨んだ。
加藤守朗宮司が鎮(しず)めの大太鼓を打ったのを合図に神事が始まり、祭主一拝の後、電灯が消されて、祷人や総代が持つ提灯の明かりで足元を確認しながら、神職が神殿に上り、扉を開いた。
加藤雅子禰宜(ねぎ)が祝詞(のりと)をささげ、地域の平穏や氏子の健勝、無事に祭りが行われることを祈った後、氏子総代会の林守会長、夜ごもり代表、親方、祷務町の祷人が順次玉串をささげた。
加藤宮司は、寒さの厳しい中、深夜にもかかわらず多数が参集したことに感謝を示し、「いよいよこれからヤーヤ祭りが始まる。どうか今年の祭りも祷務町を中心として、楽しく、にぎにぎしく、5日間お務めいただければ」とあいさつ。外にいるヤーヤ衆には「どうか皆さん、楽しんでください」と呼び掛け。ヤーヤ衆らは歓声で応じていた。
終了後、ヤーヤ衆らは太鼓をたたいたり、ほら貝を吹いたりし、時折「チョーサじゃ」と威勢のよい声を上げながら各地区に戻った。
高張り提灯かかげ在回り
1日夜には「在回り」が行われ、若衆が練り歩き、祭りの始まりをまちに伝えた。
コロナ禍前は全町が集まってまち全体を巡っていたが、祷務町を2つに減らしてからは、各祷務町が手伝い町とともに地区内の主要な道路を回る形に変わった。
天満町と知古町のそれぞれの祷屋には祷受町や手伝い町の若衆が続々と集まり、午後7時には予定通り出発。列をつくり、役人の後に、高張り提灯(ちょうちん)を手にした若衆が続き、ほら貝や太鼓の音を響かせながら「チョーサじゃ」と勇ましく叫びながらまちなかを回った。
尾鷲港の魚市場にも寄り、天満町は5人、知古町は6人が身を清める垢離(こり)かきを行った。下帯姿の若者が海に飛び込んで、柏手(かしわで)を打って祈りをささげた。
息子が天満町の長刀振を担う小倉稔裕さんも海に飛び込んだ。「垢離かきは以前もやったことがあるが、その時よりかは寒く感じなかった。何事もなく、祭りが無事に最後までできることが一番よい」と話した。
知古町総代の村瀬晃健さんは「(冬の海は)とにかく寒い。いよいよヤーヤ祭りが始まった、と改めて感じていて、今年もよい祭りになれば」と語った。
呼び物の〝練り〟は2日から4日までの夜、祷屋前で行われる。5日は午前中に例大祭の神事があり、正午から夕方にかけて道中行列が旧熊野街道を進む。終了後、午後7時から大弓の儀や獅子出御などを執り行う。
