尾鷲市教育委員会は20日、三木里町の法念寺の木造阿弥陀如来坐像を有形文化財(彫刻)に指定した。合わせて、昨年5月に史跡に指定していた「曽根石石切場跡(小杉C石切場跡)」について、「曽根石切場跡」を追加し「曽根石石切場跡」に名称変更した。
市教委によると今回で市の指定・登録等の文化財は78件となった。彫刻としては4件目(県1件、市3件)。
市教委によると、この阿弥陀如来坐像は高さ89センチ。材質はヒノキと見られるという。肩や肘などに一部、別の木が使われているが、頭部と体を同じ素材で作り、割り矧(は)ぎ、内刳(うちぐり)した後に再接着して仕上げる「割矧ぎ造り(わりはぎづくり)」という技法が用いられている。江戸時代以降に丁寧な修繕がされたことが分かっている。
製作年代は不明だが、調査した三重県総合博物館の瀧川和也さんは、鎌倉時代に近い平安時代後半から末(12世紀後半)と推定している。寺は享和元(1801)年10月に火災で焼失し、文政3(1820)年に本堂が再建されたが、仏像の台座に享保14(1729)年と判読できる墨書があり、寺院が火災で焼失する以前から本尊として安置されていたという。
これまで、尾鷲市に残る最も古い仏像は真巌寺(九鬼町)の木造薬師如来坐像で、鎌倉時代後期のものだった。平安時代の仏像は、東紀州でもこれが3例目となる。市教委は「火事による焼失も免れ、三木里で大切にされてきた仏像であるとともに、東紀州地域における数少ない貴重な平安仏」と位置付けている。
今回、追加指定された「曽根石切場」は、曽根次郎太郎坂の登り口から100メートルほど進んだ道中の山側と谷側に広がる一角。作業工程がうかがえる石材が残っている。
市教委によると、曽根石の石切り場は地域内に計14か所確認されており、保存状態が良好で特徴的な2か所を指定したという。
曽根石切場は、特定の時期の時期だけでなく、江戸時代を通して採石された場所であることがうかがえるという。市教委は「江戸時代の曽根地域で中心的な採石場所だったと考えられる。2つの史跡は、紀州藩の御用石を割り出した場所という点だけでなく、曽根地域の採石事業の歴史や手法をうかがい知ることができる場所という点でも貴重」としている。
