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紀南抄「熊野の火」

 「はじめにカオス(混沌)があった。カオスからガイア(大地)、タルタロス(冥界)、エロス(愛)が生まれた」—(ギリシャ神話より)。

 6日、お燈祭りが営まれた。4年ぶりに1427人の上り子が神火を松明に受け、山を下りた。ただ暗闇に火をともして下山するというお祭り。それだけのことが、とても美しかった。

 取材で石段を上る時、足元が見えないためライトをつけると「電気つけるなー」と一喝いただいた。暗い中を一歩一歩、確かめながら上っていく。奥へ行くほどより闇は深くなり、ふと不安や恐怖心が掻き立てられる。「あれ、このまま進んでいいんだっけ」。しかしそれが同時に心臓の高鳴りへと変換されていく。みんな暗闇の中にいる。いや、暗闇はずっとそばにあったのだ。

 ぽおっと火がともった。はじめ小さな1つだった火が次第に境内に広がり、大きな光となる。今度はそれらが列をなして山を下り、家々へ迎えられていく。胸が震える。混沌とした宇宙の始まりも、子宮から出る生命の誕生も、このようであったのだろうか。混沌とした世界に、熊野の火がともった。

【稜】

      2月 8日の記事

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