忘却についての備忘録。
「こんな夢を見た」と始まる好きな小説がある。夏目漱石の「夢十夜」だ。10の夢からなる短編集で、ロマンティックなものからぞっとするような話までさまざま。私が好きなのは、夜道で知らぬ間に負ぶっている目の見えないわが子を森に捨てようとする男の話。子どもはなぜか全て把握しており、道案内をしてくれる。ついにある所へ着くと「丁度その杉の根の処(ところ)だ」「御前がおれを殺したのは今から丁度百年前だね」と言い、途端に男は自らの罪を思い出し、子が石地蔵のように重くなるところで物語は終わる。
夢の持つ不思議なあいまいさが巧みな文筆力で再現され、起きながら夢を見せるような作品。夢には人の無意識が映るというが、この話のように前世の記憶や”外”の記憶の断片が人の中に眠っているのなら、主観と客観の世界は奥深いところで、銀河のように渦巻き混じり合っているのかもしれない。それは、個人の内部へ進行あるいは退行し、主観を超人的に突き詰めた先にこそ普遍的な原理が脈打っているはずだという、内向的な私の宇宙観と合致する。
【稜】