芽吹きの季節がやってきた。梅に続き桜が開花し、厳寒の凛とした空気もどこへやら、春一番が柔らかく頬を伝い、しかめっ面気味のサラリーマンもつい浮足立った気分になる。土も風も水も木も、これまでと違った表情に見える。
春のなんとも形容し難い感情を、詩人・谷川俊太郎は「この気持ちはなんだろう」と始まる詩「春に」でつづっている。「目に見えないエネルギーの流れが/大地からあしのうらを伝わって/ぼくの腹へ胸へそうしてのどへ/声にならないさけびとなってこみあげる」—。生老病死の人の一生を四季に例えるなら春は生を授かった季節になろうか。産声を上げた赤ん坊は、悲しくて泣いていたのか、うれしくて泣いていたのか、あるいはこんな春の気持ちをただただ命いっぱいに表現していたのだろうか。四季のめぐりとともに、大人もその気持ちを追体験しているのかもしれない。
「よろこびだ しかしかなしみでもある/いらだちだ しかもやすらぎがある/あこがれだ そしていかりがかくれている」—。暗いニュースも多いが、それぞれがそれぞれの冬を乗り越え、温かい春が人の道を彩っていきますように。
【稜】