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紀南抄「悼む」

 「私には、忘れてしまったものが一杯ある。だが、私はそれらを『捨てて来た』のでは決してない。忘れることもまた、愛することだという気がするのである」ー。寺山修司著「ポケットに名言を」より。
 
 友は癌(がん)で亡くなった。当時彼は確か27歳。私は今年で26歳。「彼の言葉は私の中で生きている」というあの日の思いを、まるで稚拙な思いつきを一生懸命語る子どもにほほ笑む大人のように、時間は軽くあしらい、そして進んでいく。彼はコロナ禍を知らない。私の今の眼鏡を知らない。もう言葉を話さない。
 
 人はいつ死ぬのか。心臓が止まった時か、脳が止まった時か、存在を忘れられた時か・・・。何度もくり返した問いは私の心臓から発され、臓器や血漿(しょう)を伝わり、肉と骨をすり抜けて、外と隔てた薄皮一枚の内部でただ反響する。
 
 確かなのは、私は少しずつ、彼の詳細を忘れているということ。せめて忘れたことは憶(おぼ)えていられたら。先の一節の真意はまだわからないが、そこに何か救いのようなものを感じている。
 
 人の死は必ずしも悲しいことばかりではない。例えば、命日に彼を思い出す。 
 
      【稜】

      7月25日の記事

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