目的から逸(そ)れたところに、物語はある。
川の上に張り子で作った「揚げ物」を吊り下げることで有名な川湯温泉の十二薬師如来例祭を取材した。祭事中、住職の般若心経に合わせ、関係者の一人がマスクの下で一緒に唱えているのを発見した。あとで聞いてみると「この地域に住んでいるとね、いろんなことがあって。自分で覚えたりもしたが、大半は自然に身についた」という。地域に般若心経を諳(そら)んじて読める人がいるのはなんと頼もしいのだろうと、感心した。
般若心経は「色即是空(しきそくぜくう)」などの教えでも知られるお経。仏教の真髄ともされる教えを300字弱の漢語にまとめている。そこには、この世のあらゆるものには実体がなく、人が感じることも、悩みなども実は存在していない。よってすべてのことに執着せず欲望から離れることで悟りに至るなどの教えが詰まっている。
般若心経が自然に身についた理由までは聞かなかったが、きっとそこにもさまざまな物語があったのだろうと、取材と関係ないところでしみじみした気持ちになった。目的から逸れたところに、物語のしっぽを見つけていきたい。
【稜】