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紀南抄「幼少期の妄想」

 鴨長明の方丈記は「行く川のながれは絶えずして、しかも本(もと)の水にあらず」の一文から始まる。流転(るてん)する万物について見事に言い表した表現だ。

 小さい頃によくしていた妄想がある。それは「もしかしたら母も姉も実は宇宙人みたいな見た目をしていて、自分といるときだけ人の姿をしているのではないか」というもの。1人で居間から出たときに妄想は始まる。

 これは重大な問題である。この仮説を否定し切る根拠がどうしても見つからないのだ。しかもたちの悪いことに、妄想の中の母やら姉やらは私が宇宙人の姿を見るために意表をついて居間に戻ろうとしても、それを敏感に察知して人間の姿に戻ってしまうという強者だった。

 これを思い出すとき、子どもの感覚は本当に鋭いのだなあと思う。今目の前にいる誰かが、次の瞬間も同じ誰かであるという保証など本当はどこにもない。むしろ呼吸や摂食、発汗や排泄などによって実は人間の体も常に変わり続けている。人も川のように絶えず流れ、また「本の人にあらず」なのである。

 いつかこの目で決定的瞬間をとらえることができないか、今でも内心ドキドキしている。

【稜】

      9月 9日の記事

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