紀伊半島大水害から10年。9月に向けて少しずつ増えていた水害関連の取材は、9月3日と4日にピークを迎えた。その中でたくさんの方々の合掌の場面と出会うが、カメラを向けることに戸惑いを覚える。これが私の葛藤であった。「本当はそっとしておいてあげるべきなのではないか」と憂慮(ゆうりょ)せずにはいられない。
しかしそんな懸念は、遺族の方々のお礼の言葉に救われた。「世間に伝えて欲しい」「忘れさせたくない」「皆さんの力を借りたい」「ありがとう」ー。そう言ってくれる遺族の方々がいるのだ。
それを聞き、途方もない覚悟に胸の内が熱くなるのを感じた。彼らは確かに想像を絶するような痛みを体験したはずだった。自分なら、思い出すことすらつらいような経験を見ず知らずの人間に語り、笑ってお礼を言えるだろうか。
水害から10年、それぞれがそれぞれの「紀伊半島大水害」を抱えている。祈る彼らの内側にどんな思念が広がっているのか、推し量ることもできない。言葉にできるのもごく一部だろう。ただ被災者や遺族らに感謝と敬意を表し、亡くなっていった方々の冥福を祈るばかりである。合掌。
【稜】