新宮市名誉市民の作家・中上健次(1946~1992)による初の長編小説『枯木灘』の生原稿が今年5月に発見され、9日、報道陣に公開された。同作を出版した(株)河出書房新社=東京都新宿区=の倉庫から計99枚の原稿用紙が見つかったという。遺族が顕彰委員会に寄贈する意思を示したため、今後は市立図書館奥の中上コーナーで複製を展示する予定。生誕80年の記念すべき年に、研究が進展しそうだ。
『枯木灘』は、芥川賞受賞作『岬』の続編として、1976(昭和51)年から77(昭和52)年にかけて同社の『文藝』で連載された。主人公「秋幸」を取り巻く複雑な家族関係と殺人、性愛、差別といった人間社会の“タブー”に挑んだ中上の代表作とされる。
掘り起こされた生原稿は、76年11月号掲載の第2回の分。秋幸のめいの恋人が、異母兄弟の「秀雄」に殴られ、病院送りにされたその帰りを待つシーンだ。同社で倉庫移転のため資料を整理していたところ、社員が偶然、段ボールに詰め込まれた大量の原稿を発見したという。担当者は「節目にこのような出来事があるとは」と驚きの表情で振り返る。没後に生原稿が見つかったのは、2022(令和4)年の『修験』以来3度目となる。
開封された形跡はなく、直筆とみられる修正箇所が青文字で記されていた。有識者によると、晩年とは対照的に、初期の中上は原稿の手直しが多かったという。文芸評論家の高澤秀次氏は、会見で「修正のために文字を区別している特徴がある。神話的なスケールを持った大作の原稿が見つかった意義は大きい。河出書房の社内で書かれた原稿かも知れず、想像がかき立てられる」と価値の高さを強調した。長女で作家の紀(のり)さんは「家にあった原稿は、火事でほとんど焼失してしまった。貴重な大発見だった」と喜びを語った。
中上は退廃的な作風が昭和後期の文壇で注目を浴び、デビュー前後に自決した三島由紀夫の後継者とも目された。戦後生まれ初の芥川賞作家となり、自身の故郷である被差別部落を舞台に「紀州熊野サーガ」と称される壮大な世界観を構築した。自身が立ち上げた文化組織「熊野大学」では現在もセミナーが開催されている。同組織の公式サイトでも、生原稿を公開する予定。
■白模型も登場
生誕80年に際し、早稲田大学のチームが、作品の舞台の一部を再現した白模型を制作した。生原稿と同様に、図書館内の中上コーナーに設置される。
中上が幼少期を過ごし、モデルにした市内の地図をもとに、3Dプリンターを使って幅80センチ、縮尺2万5000分の1の小型模型に仕上げた。QRコードを読み取ると、紀さんと同大学の卒業生で声優の斉藤壮馬さんによる解説音声が各端末から流れる。当時の風景をイメージしたAI映像も視聴できる。
顕彰委の依頼に応じ、約半年かけて立案、製図、作成まで済ませたという。石田航星准教授(工学博士)は「作品と地図で異なる部分が多く、中でも現在は存在しない臥龍山などの再現には苦労した。その一方で、遺族が協力的で、考えを尊重してくれて助かった」と語った。
