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大開発時代に木を確保 豊臣秀長の紀伊半島統治解説

 三重県立熊野古道センターで14日、豊臣政権下の紀伊半島についての講演会が開かれた。秀吉の実弟・秀長が治めたことにより、紀伊半島の木材が全国に広がった経緯について説明があった。
 
 豊臣秀吉・秀長兄弟を描いた大河ドラマ『豊臣兄弟!』で関心が高まっているのを受け、奈良県吉野町産業観光課の中東洋行さんが「禍福は組み合わさる木材のように 豊臣兄弟の頃の尾鷲・北山・熊野・吉野」をテーマに講演した。
 
 「公儀のことは秀長に尋ねよ」と秀吉に言わしめた秀長は大和・紀伊・和泉など110万石を領有する大大名だった。四国や九州への出兵の間に熊野でも検知を進め、蜂起した豪族を攻略している。
 
 冠や袴の格好で登壇した中東さんは、政権ナンバー2の秀長が紀伊を与えられたことを「大開発時代に突入し、材料となる木材を確保する必要があった」と説明。熊野の木材管理の担当役人が横領で秀吉に処分されたことから、木材の徴発権は秀吉にあったと説いた。
 
 吉野については、吉野山のふもとに一向一揆の拠点があり、織田信長の庇護(ひご)を受けた吉野山金峯山寺と衝突があったこと、秀吉が大坂城で『吉野花見』を自ら舞ったり吉野で花見を行ったりと、豊臣政権からの恩恵を得ていたことの説明があった。
 
 紀伊の木材の流通については、奈良時代に成立した万葉集に和歌があり、熊野は鎌倉時代以降には伊勢神宮と熊野社領が東国に分布していて太平洋に海運があったこと、吉野は浄土真宗による都市部への流通があったと述べた。

      3月24日の記事

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