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紀南抄「墨に諭される」

 以前、水墨画の道を追求してきた那智勝浦町在住・88歳男性の自宅展を取材させてもらった時に聞いた「墨に諭(さと)されています」という言葉が印象に残っている。彼は構図などの想定は何も考えずに筆を持ち紙に向かい、「墨と対話しながら」作品を描くという。

 それほどの境地ではないが、私も文章を書いていて不思議な体験をすることがある。書く作業の中で新しい発見をしたり、それまで自分が言語化できていなかった感覚を文字に起こせたりするのである。

 文章の書き方にはいくつかあると思うが、私は「見切り発車型」である。最初に構成などを考えてそれに当てはめるのではなく、自分が思った順に書いていき、それを後から整理していくものだ。手抜きというわけではなく、そのほうが結果的に自分の思っていた以上のものが出てくるためそうしている。

 考えてから書くのではなく、書く事と考えることを同時に行う。陽明学の「知行合一」もこのことを意味していたように思う。インプットとしての学習とアウトプットとしての行動が一体となる表現活動のあり方が、「墨に諭される」の極意なのではないかと邪推する。

【稜】 

      11月 8日の記事

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