海山公民館の大ホールで行われた平和のつどいの参加者は主催者発表で50人、座席数700ほどの大ホールでは否が応でも空席が目立った。被爆者の話を直接聞ける機会は貴重だが、関心が伸びにくいのは、それだけ市井の人に核兵器や戦争が遠く、つまり平和だということでもある。
個人的には被爆者だけでなく、被爆者を父に持った2世の話は興味深かった。これまでも原爆被害の凄惨さを見聞する機会はあったが、「原爆の映画も絵本もいい加減してほしかったが、言えなかった」「父をノーベル平和賞の式典に連れていくため、勤め始めたばかりの職場に休みがほしいと言いたくなかった」などの苦悩は想像しやすく、被爆者ではない人の当たり前の幸福と、父と世界を思う使命感との葛藤は、考えさせられるものがあった。
唯一の戦争被爆国は、核兵器を保有する国に囲まれ、核の傘で安全を担保している。「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」の格言はおそらく正しく、どうしようもなく悲しい。
(R)
