三重県立熊野古道センターは26日(日)午後1時30分から、尾鷲市向井の同センターで新熊野学講座「熊野にあった鉱山の歴史」を開く。熊野市紀和鉱山資料館の堀誠さんが講演する。
紀和の鉱山は奈良時代から採掘されており、東大寺の大仏建立にも紀和の銅が使われたといわれている。江戸時代には金・銀・銅の需要が増加したこと、採掘・精錬技術の進歩で全国的に鉱山開発が盛んになった。紀和の鉱山では元和年間(1615~24)ごろから和歌山藩直営で銅を採掘していた。
熊野川の支流である楊枝川右岸の水車谷鉱山跡には、江戸時代中期から後期にかけて栄えた鉱山跡があり、鉱石を焼いて溶鉱するために石と粘土で固めたかまど跡、採掘の坑口跡、多量に廃棄された銅滓(どうさい)跡、役所跡や番所跡と伝承される石垣で区画された場所が点在。保存状態が良好な銅精錬用竈跡や、鉱山での生活を伝える屋敷跡地や石造物などが数多く残された産業遺跡として高く評価されている。
1934(昭和9)年には民間の会社が鉱山を買収して運営。1939年に完成した選鉱場は、いまでもその構造が残っており、1978年の閉山まで1日も電気を落とすことなく動き続けた。選鉱場完成当時の選鉱処理量は1日1000トンで東洋一といわれていたという。
参加無料。定員は申し込み先着順で80人。締め切りは25日(土)午後5時。申し込み、問い合わせは同センター(0597-25-2666)。
