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紀南抄「きのくに線にて」

 久しぶりに、JRきのくに線の各駅停車の列車に乗った。高校生の下校時間と重なったようで、車内は混み合った。
 
 きのくに線の新宮~白浜間は赤字路線で、このままでは財政が厳しいと、JRと官民が一体となって、路線の維持に努める動きがある。廃線の危機に直面しているのだ。
 
 車窓から海を眺めつつゴトゴトと揺られていると、ふと、高校生の会話が聞こえてきた。「車両もう1つほしくないか」。1人が言う。たしかにこの時間帯の混雑では、車内を移動する際にも人をかき分けないといけない。しかし、それを言われた相手は「いらん」と一蹴。私は内心で「ほほう」とおじさんくさい相づちをかましながら、耳を傾ける。どうやら、彼には好きな人がいるらしく、車両が増えるとたまたま同じところに乗り合わせる確率が下がるからいやだ、ということのようである。「このぎゅうぎゅうさが好き」と言い切った。
 
 まさに青天のへきれき。利用者目線最前線。重鎮が集まる会議ではまず出てこないであろう視点だ。
 
 生活文化に人の心が根付く。これを守りたいと思うのは、至極自然な発想ではないか。
 
【稜】

      10月31日の記事

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