〝薫風〟は初夏の時候の言葉で、俳句では夏の季語。よく見かける手紙の定型句ではあるが、清々しい風を想起させるこの2文字は、個人的に好きな言葉だ。
車の運転中に窓を開けると、清々しい風が楽しめる季節を迎えた。特に雨が降った後は草が芳しい。天候や気温、時間でわずかに変化していく景色や匂いは、一昼夜の観光では味わえない生活者の特権だろう。
民俗行事の虫おくりの取材で、違うカットで写真を撮ろうと上里と船津を車と足で何度か往復した後、田園の中の合流地点で待ち構えていると、文字通り風が薫った。夕闇に染まる山と田んぼを眺めていると、ちらちらと点のような光が揺れ、「田の虫出てけ」と言う声がはっきりと分かるようになる。虫おくりに限らず、伝統行事には芸術的な美しさを感じることは多い。
虫おくりが無事終わった後、子ども会の代表にコメントを求めると、少し考えた後「この大切な行事をこれからも続けていきたい」と語った。この〝大切〟はたった2文字だが、それこそ大切なことだ。
(R)