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紀南抄「今を語ることの矛盾」

 世界の形は、思考では計れない。

 時間について考えるとき、「今を語る」ということは不可能、いや、そもそも矛盾した行いであるということに気が付く。なぜなら「語る」という行為は、常に現在に遅れて生じるものであるからだ。語った時には、語ろうとした「今」はもう過去になっている。

 このことから、私たちが思考によって取り扱うことができるのは、現在の世界に存在しているかはわからない虚構のみであるような気がしてくる。例えば「私はカレーライスが好きだ」と言った時、そこでの「私」は既に過去の自分を指しており、現在の「私」の状態を正確に言い当てている保証などどこにもない。その聞き手は、10年後には好物が変わっていても数秒後に変わる可能性は低いだろうと思って、とりあえずはその情報を真ととるだけだ。

 川をすくってとろうとしても、手の内に収まるのはいつだって水である。流れ、通り過ぎ続けるものが「今」であり、それをとらえられる思考や論理は存在しない。そのことが、人にとって感覚こそが世界をありのまま知覚できる唯一の受容体であることを証明しているのではないか。

【稜】

      3月 2日の記事

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