紀伊半島大水害から10年が経過するにあたり、本紙では被災した人たちに当時の様子やその後の歩みなどを語ってもらい、紙面で紹介した。10年を節目と表現する人は多いが、被災者にとっては、9年も10年も11年も、そのつらさや悲しみの度合いが変わることはない。
取材したうちの1人は高校1年生の時に被災。熊野川を氾濫した水が寸前まで迫る中、家族や近所の人らと寄り添って必死に耐え、救助された。彼女の言葉で印象に残ったのが、「助かってからが大変だった」。誰が悪いわけでもなく、誰にあたることもできない。でも、いろいろな人から支援を受けたり、慰めの言葉をかけられたりする。ありがたい反面、みじめな気持ちになったのも確か。体は前を向いて進んでいるが、気持ちの中には15歳当時の自分がいるという。
災害発生直後から毎年、さまざまな場面を取材。いろいろな人に話を聞き、「風化させてはいけない、後世に残す」の思いで伝えてきた。自分なりに分かったこともある。かける言葉は一人一人選ばないといけない。すでに頑張っている人に「頑張って」はだめ。これからも寄り添った取材を続けたい。
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